Bird&Bird

Photographer秋間佐恵子とPhotographer野宮昭治の野鳥写真などを公開しています。

大和しじみ

IMG_8775.jpg
生駒山中腹から望む大阪都心部です。その昔、この地を治めていた登美一族は、西から攻めて来るであろう外敵に備えて、ここ生駒山一帯に見張り台を幾つも構えていました。
当時は、この裾野あたりまで河内湾(大阪湾)が入り込んでたようです。
現在の和泉あたりからせり出した半島は大阪城・難波宮跡あたりまで延びていました。写真の都心部一帯は全て海と言うより汽水湖状態だったようです。あの美味しい倭蜆(やまとしじみ)も大和川の河口あたり一帯で採れていたのかもしれませんね。
 実はこの「やまとしじみ」なるものが、遠く津軽の十三湖(安東水軍の拠点だった地)で採れます。イメージを膨らませば、神武東征に敗北(敗南とか敗東・敗西という言葉は無いのでこの頃に出来上がった言葉でしょうか)した長髄彦一族は、大好きな蜆を何らかの方法で北の津軽まで持ち込んだのだと思っています。ここで力を蓄え、再びこの地を奪還にやってくるのです。
【生駒山麓より大阪都心部を望む】

テーマ:写真日記 - ジャンル:写真

  1. 2009/04/16(木) 00:39:47|
  2. 史跡探訪
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

トゥカンさん、こんばんは。
独り言にお付き合いいただきありがとうございます。
この種も中々の魅力ある分野ですね。
勝者の記録(ほとんどが、ご都合主義ですが)は色々と残されているのですが、敗者からの視点は皆無ですね。
現地を歩き、現場を肌で感じながら散策するのが性に合っているのでしょう。
突然、初見の鳥とも遭遇する始末でして広角と望遠の2機種持ちは辛くもありますが・・・

>難波潟潮干に立ちて見渡せば淡路の島に田鶴渡る見ゆ
は、当時、この辺りまで海岸線が迫っていた事。
更に内側には、河内湾が入り込んでいたでしょうから、岬の先端部が難波宮だったと思っています。この宮は、出入りの船舶を監視したり、今で言う入国管理局も兼ねていたのでしょう。
その部署に配属されている官職が筆を置き、頬杖しながら定時までのボーッとした時間にふと目に入って来た光景を読まれた歌かもしれません。
遠く淡路方面に向う鶴の飛翔に、故郷への思いをダブらせて読まれたのでしょうか。
静と動が見事で、目を閉じファインダー越しに想像したくなるシーンですね。
  1. 2009/04/19(日) 01:28:13 |
  2. URL |
  3. 夢太郎 #yCpkrOOg
  4. [ 編集]

夢太郎さん こんばんは 
近畿の歴史文化の探訪と撮影を快調に進められているようですね。
丁度、私も寝床で万葉の歌や古の大和の国について書かれたものを読んでいますが、
人名を読むのに大変苦労しています。覚えることなど私には無理なことです。
夢太郎さんのようには到底まいりませんが、今後も夢太郎さんのお話もなんとか理解するべく楽しみにしております。
こんな歌がありました 難波潟潮干に立ちて見渡せば淡路の島に田鶴渡る見ゆ
  1. 2009/04/18(土) 01:27:37 |
  2. URL |
  3. トゥカン #Ftorr8P6
  4. [ 編集]

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