Bird&Bird

Photographer秋間佐恵子とPhotographer野宮昭治の野鳥写真などを公開しています。

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石切劔箭神社太鼓台巡行

0011.jpg
ここは、私の住まいの近くの神社です。
17日・18日と布団地車(だんじり)が町内を練り歩きました。
五穀豊穣を喜び、御神徳に感謝をささげる収穫の祭なのだそうです。
しかし、果たしてそれだけの為の太鼓台だったのでしょうか。
ここの奥社、つまり「上の宮」には饒速日命(にぎはやひのみこと)を祭神とし、本宮には、その子、可美真手命(うましまでのみこと)を祭神としています。
両命と、先日の枚岡神社の祭神、天児屋根命(あまのこやねのみこと)とは敵対していた訳でありますが、饒速日命は神武天皇東征のとき、同盟を結んでしまいます。
そして、この地区一帯は、天児屋根命が長(おさ)となり物部氏などを中心に栄えてゆくのです。
要するに、神社の目的は、今で言う軍と棟梁たちの駐屯地であり、事のありようを占う施設だったと私は考えています。
太鼓台の持つ意味は、兵隊の統率に用いたように思います。太鼓のたたき方によって「進軍」「後退」などの合図に使ったのではないでしょうか。
その後、平和になっても、軍事用具などは当然残り、軍事訓練は続いたものと思っています。
しかし、農業も大切な仕事でしたから、とりあえずは収穫後に行っていたと推測しています。
進化しながら派手さを増し、現在のようになっていったものと勝手に考えています。
上部には棟梁や参謀などが陣取ったのでしょう。
写真は、宮入する植附太鼓台です。
【いしきりつるぎやじんじゃたいこだいじゅんこう 東大阪市】

テーマ:史跡・神社・仏閣 - ジャンル:写真

  1. 2009/10/20(火) 01:28:41|
  2. 史跡探訪
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